神奈川県川崎市の日蓮正宗寺院・大乗山持経寺ホームページ

令和7年 活動充実の年

総本山第六十七世日顕上人猊下御指南

二十四、異体同心

 日蓮人聖人の弟子檀那は等しく、この上ない妙法という大正法を受持信仰しているので、他の世間の無信仰の者や種々の邪法を信ずる者達が、常に異見・異論を生じ、互いにせめぎ合っているような姿ではならない。妙法を信ずる者は、自己と他人とを区別したり、彼と此とは異なるとの考えを捨てて、水と魚が一体であるように相和(あいわ)し、身体は異なっても妙法を持つ心は同じであると深く心得、南無妙法蓮華経と唱えることが生死一大事の血脈、すなわち成仏の直道である。異体異心が原因となり、異なった見解や分け隔ての心で争いを生じたり、その罪業によって、生の時は悪業を積み、死の時は断末魔の苦が来たって、悪道に堕すのである。要は、一同が異体同心の功徳により成仏を遂げうるのであり、これが生死一大事血脈の実践である。

(総本山第六十七世日顕上人猊下御教示『すべては唱題から』 33ページ)

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令和7年 宗祖日蓮大聖人御会式 令和7年 宗祖日蓮大聖人御会式

令和7年10月26日(日)午前11時より、持経寺本堂において当山「宗祖日蓮大聖人・御会式(おえしき)御正當会(ごしょうとうえ)」が厳粛に奉修されました。
御会式とは、末法の御本仏・日蓮大聖人が弘安5年(1282年)年10月13日、武州池上(現在の東京都大田区)の右衛門太夫宗仲の館において御入滅あそばされ、滅・不滅、三世常住(さんぜじょうじゅう)の相を示されたことをお祝いする法要です。
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御会式(令和7年)御会式(令和7年) 持経寺本堂大改修落慶 持経寺本堂大改修落慶 持経寺本堂須弥壇改修 持経寺本堂須弥壇改修

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令和8年7月

■お経日(1日)

お経日(1日)

令和8年7月1日、午前10時より、お経日が持経寺本堂において奉修されました。
法要は読経・7月唱題行、各家塔婆供養・永代供養精霊等の追善回向と如法に厳修され、そののち御法話に先立ち、天野御住職より『南条殿御返事』を拝読申し上げ、通解並びに妙荘厳王(みょうしょうごんのう)の説話について述べられ、「法華経を修行していた四人の比丘のうち、一人が食料の調達を担い、他の三人には修行に専念させました。その食料を調達して他の三人に供養した比丘は妙荘厳王となり、他の三人は王を守るためにその妃と二人の息子となり、外道バラモン教に傾倒していた王を成仏に導きました。この故事から、仏様に御供養することの大事を教えられているのです。」等と述べられ、さらに「御法主上人猊下は、これからの熾烈な広布の闘いに耐えうる、足腰の強い講中を皆で構築しなければならないと御指南されています。家庭訪問などに尽力し皆で共に励まし合い、共に幸せになり多くの人材が育ち、さらに折伏をして他の人々を救っていくことが私たちの使命です。」等との御指導をいただきました。

『南条殿御返事(なんじょうどのごへんじ)』
建治2年3月18日 55歳

夫(それ)衣は身をつゝ(包)み、食(じき)は命をつぐ。されば法華経を山中にして読みまいらせ候人を、ねんご(懇)ろにやし(養)なはせ給ふは、釈迦仏をやしなひまいらせ、法華経の命をつ(継)ぐにあらずや。妙荘厳王(みょうしょうごんのう)は三聖を山中にやしなひて沙羅樹(しゃらじゅ)王仏となり、檀王(だんおう)は阿私(あし)仙人を供養して釈迦仏とならせ給ふ。されば必ずよ(読)みか(書)ゝねども、よ(読)みか(書)く人を供養すれば、仏になる事疑ひなかりけり。経に云はく「是の人仏道に於て決定(けつじょう)して疑ひ有ること無けん」と。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。
(御書954頁3行目〜7行目)

令和8年6月

■お経日(1日) ■広布唱題会(7日) ■御報恩御講(13・14日) ■本堂須弥壇改修(21〜28日)

持経寺本堂須弥壇改修 持経寺本堂須弥壇改修

令和8年に創立60周年を迎えるにあたり、昨年、その記念事業として本堂の大改修が行われ、本年はさらに6月21日〜28日にわたり、本堂須弥壇の改修が行われました。
21日・28日の両日とも壮年部・婦人部・青年部有志のご協力により作業が行われ、改修は一切を無事に終了いたしました。
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本堂須弥壇改修本堂須弥壇改修

御報恩御講(13・14日)

令和8年6月13日および14日の午後1時より、御報恩御講が持経寺本堂において奉修されました。
法要は献膳・読経・唱題と如法に厳修され、御法話に先立ち御授戒が執り行われたのち、天野御住職より令和8年6月度・御報恩御講拝読御書『可延定業御書』を拝読申し上げ、通解並びに同抄全体の概要、御述作の背景等について述べられ、「日顕上人様が『すべては唱題から』において御指南のとおり、どのような病も過去よりの自身の罪障によるものであり、どのような重病、心身の病であっても、それを乗り越えるためには、御本尊様に唱題して御祈念する以外には乗り越える方法はないのです。さらには、病になってからではなくそれ以前から、自身の悪業・罪障を消滅させていく唱題・御祈念が大事です。」等と御指導され、さらに総本山第六十六世日達上人猊下の御指南を引用され、「大聖人様の仏法は、定業すら転じることができる大法であり、それを知らない多くの方々に伝えていくことが自分自身の懺悔の姿になるのです。折伏をして相手から嫌な顔をされることは、過去に自分が折伏されて相手に不快な思いをさせてきた報いです。ですから相手から嫌な顔をされることで自身の罪障消滅ができ、御本尊様への懺悔になるのです。日々の勤行・唱題と折伏での懺悔、その自行化他によって私たちの幸せがあるのだと心得て精進してまいりましょう。」等と御法話を結ばれました。
また御報恩御講終了後、各総地区ごとに集まって座談会が開催されました。

『可延定業御書(かえんじょうごうごしょ)』
文永12年2月7日 54歳

夫(それ)病に二あり。一には軽病、二には重病。重病すら善医(ぜんい)に値(あ)ひて急に対治(たいじ)すれば命(いのち)猶(なお)存す。何(いか)に況(いわ)んや軽病をや。業(ごう)に二あり。一には定業(じょうごう)、二には不定業(ふじょうごう)。定業すら能(よ)く能く懺悔(さんげ)すれば必ず消滅す。何に況んや不定業をや。法華経第七に云はく「此の経は則ち為(こ)れ閻浮提(えんぶだい)の人の病の良薬なり」等云云。
(御書760頁2行目〜4行目)

総本山第六十七世日顕上人猊下御指南

あらゆる身体の不調も、医師も望みを絶つ難病も、知らず知らずに過去に犯した法に背く罪によっている。その流れのままでは、あくまで苦のなかの命である。妙法を行ずるとき、その苦の命が一転して不可思議の功徳を生ずる。これを信じて病苦の人、あらゆる苦しみに悩む人は、強盛に唱題をされたいものである。
(総本山第六十七世日顕上人猊下御教示『すべては唱題から』より 1ページ)

総本山第六十六世日達上人猊下御指南

仏法でいうところの懺悔(さんげ)は、正しい法を、さらに精進することである。そして、それ以上に人々を教化して、正しい法に導くということが懺悔である。自分が迷っていた、今まで悪いことをしていたということは、自分の無智(むち)によってくるのである。その無智を開いて、立派になるところの勝法、勝れたところの法に帰依して、多くの人々もこれに導いて、そして更に一層自分が進んで、今までより多くの良いことをして、立派なことをしていくことにおいて、懺悔が成り立つのであります。
(昭和37年8月31日 法華講夏期修養会での御講演より)

広布唱題会(7日)

令和8年6月7日午前9時より、広布唱題会が持経寺本堂において奉修されました。
読経・広布唱題行終了後、御法話にあたり天野御住職より『三大秘法禀承事』を拝読申し上げ、通解ののち「末法においては、本門戒壇の大御本尊様を唯一絶対と拝し奉り、自行化他にわたる本門の題目を唱えていくことが大切です。自分だけの幸せを願っていたのでは、真の幸せはいただけません。苦しみ、悩み深き人々のために大聖人様の御本尊様を教え、一緒にお題目を唱えていく折伏行の中に、自身の過去遠々劫(かこおんのんごう)からの罪障も必ず消滅できます。ただし自分自身に〈強い一念〉がないと折伏はできません。折伏しようという強い気持ちがないと、自分の身近に救わなければならない人が現れたとしても見過ごしてしまいます。その一つのご縁を掴み取って、これからも〈一年に一人が一人の折伏〉に精進してまいりましょう。」等との御指導をいただきました。

『三大秘法禀承事(さんだいひほうぼんじょうじ/三大秘法抄)』
弘安5年4月8日 61歳

像法には南岳・天台等は南無妙法蓮華経と唱へ給ひて、自行の為にして広く化他の為に説かず。是(これ)理行の題目なり。末法に入って今日蓮が唱ふる所の題目は前代に異なり、自行化他に亘(わた)りて南無妙法蓮華経なり。
(御書1594頁〜1595頁)

お経日(1日)

令和8年6月1日、午前10時より、お経日が持経寺本堂において奉修されました。
法要は読経・唱題行、各家塔婆供養・永代供養精霊等の追善回向と如法に厳修され、そののち御法話に先立ち、天野御住職より『開目抄』を拝読申し上げ、通解並びに同抄全体の概要、および御述作当時の背景等について述べられ、「『法華経』方便品には、開示悟入(かいじごにゅう)の四仏知見(しぶっちけん)が示されています。これは仏様が何のためにこの世に御出現になったかを顕わすものであり、〈開〉とは仏様の智慧を衆生に開かしめることであり、〈示〉とは仏様の本当の教えを示すことであり、〈悟〉は悟りを開かしめ、〈入〉とは成仏の道に入らしめることです。つまり一切衆生を救わんがために仏様がこの世に御出現になられたということで、それは御本仏日蓮大聖人様のお姿そのものです。私たちは大聖人様の大慈悲により御本尊様に巡り合い、無量の功徳善根をいただいて幸せになるのです。私たちはその御本仏様の御慈悲に対して、自行化他の信心をもって報恩感謝申し上げなければなりません。この御本尊様を知らない多くの方々のために、日々に唱題を重ね、大聖人様の御教えを伝えていくことが大切です。」等との御指導をいただきました。

『開目抄(かいもくしょう)』
文永9年2月 51歳

 されば日蓮が法華経の智解は天台伝教には千万が一分も及ぶ事なけれども、難を忍び慈悲のすぐれたる事はをそれをもいだきぬべし。定んで天の御計らひにもあづかるべしと存ずれども、一分のしるし(験)もなし。いよいよ重科に沈む。還って此の事を計りみれば我が身の法華経の行者にあらざるか。又諸天善神等の此の国をすてゝ去り給へるか。かたがた疑はし。而るに、法華経の第五の巻、勧持品(かんじほん)の二十行の偈は、日蓮だにも此の国に生まれずば、ほとを(殆)ど世尊は大妄語の人、八十万億那由佗(なゆた)の菩薩は提婆(だいば)が虚誑罪(こおうざい)にも堕ちぬべし。経に云はく「有(う)諸無智人、悪口罵詈(あっくめり)等」「加刀杖瓦石(かとうじょうがしゃく)」等云云。
(御書540頁〜541頁)