神奈川県川崎市の日蓮正宗寺院・大乗山持経寺ホームページ

令和7年 活動充実の年

総本山第六十七世日顕上人猊下御指南

二十五、題目の実践

 本門の題目は、寿量文底秘沈の大法である御本尊に向かい奉り、信と行の意義において実践することである。その理由は、本門の本尊・題目が三世十方の仏の師範と仰ぐ根本法であり、一切衆生が仏と成る唯一の道だからである。
 南無妙法蓮華経ばかりを唱えるから、他の方便の教々に比べて狭いようであるが、その意義内容は、天台、伝教の弘めた迹門を面(おもて)とし、本門を裏とする法華経より、はなはだ深いのである。故に、未来永劫に成道の功徳を成就することを信じて、唱題を行ずることが肝要である。

(総本山第六十七世日顕上人猊下御教示『すべては唱題から』 34ページ)

特設ページ

令和7年 宗祖日蓮大聖人御会式 令和7年 宗祖日蓮大聖人御会式

令和7年10月26日(日)午前11時より、持経寺本堂において当山「宗祖日蓮大聖人・御会式(おえしき)御正當会(ごしょうとうえ)」が厳粛に奉修されました。
御会式とは、末法の御本仏・日蓮大聖人が弘安5年(1282年)年10月13日、武州池上(現在の東京都大田区)の右衛門太夫宗仲の館において御入滅あそばされ、滅・不滅、三世常住(さんぜじょうじゅう)の相を示されたことをお祝いする法要です。
» 続きを読む

御会式(令和7年)御会式(令和7年) 持経寺本堂大改修落慶 持経寺本堂大改修落慶 持経寺本堂須弥壇改修 持経寺本堂須弥壇改修

特設ページ一覧

【令和4年から】★成人式
【令和8年】★本堂須弥壇改修【令和7年】★本堂大改修工事 ★御会式(10月26日)★お餅つき(12月21日)【令和6年】★御会式(11月17日)★お餅つき(12月15日)【令和5年】★御会式(10月15日)★宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年慶祝記念 支部総登山(4月・9月・11月)★お餅つき(12月17日)【令和4年】★御会式(10月23日)★お餅つき(12月18日)【令和3年】★大乗山持経寺 座替り式 並 第三代住職入院式(11月26日)★お餅つき(12月19日)

令和8年8月

■お経日(1日) ■広布唱題会(2日)

広布唱題会(2日)

令和8年8月2日午前9時より、広布唱題会が持経寺本堂において奉修されました。
読経・広布唱題行終了後、御指導にあたり天野御住職より『種々御振舞御書』の一文を拝読申し上げ、通解ののち「信心は、御本尊様が正しいか正しくないかがすべての判断基準です。例えば僧侶にも過ちはありますが、人が基準ではなく、どこまでも御本尊様なのです。」等と述べられ、さらに「正法を弘宣していくにあたっては、悪態を吐かれたり悪口を言われたことを糧として、折伏実践の原動力としていくのです。折伏をして悪口を言われても、それによって信心の胆力が身につき信力も強くなります。それが積み重なって自身の福徳となり、人格の完成形に近づくのです。」等と御指導を結ばれました。
そして広布唱題会終了後、天野御住職の御出席をいただき、質問会形式の座談会が実施されました。

『種々御振舞御書(しゅじゅおふるまいごしょ)』
建治2年 55歳

釈迦如来の御ためには提婆達多こそ第一の善知識なれ。今の世間を見るに、人をよくな(成)すものはかたうど(方人/味方)よりも強敵(ごうてき)が人をばよくなしけるなり。
(御書1063頁13行目〜14行目)

お経日(1日)

令和8年8月1日、午前10時より、お経日が持経寺本堂において奉修されました。
法要は読経・唱題、各家塔婆供養・永代供養精霊等の追善回向と如法に厳修され、そののち御法話に先立ち、天野御住職より『聖人御難事』を拝読申し上げ、通解並びに熱原法難をめぐる御述作当時の背景等について述べられ、「現代の私たちは〈信教の自由〉が保証されている良い時代にいるので、信心をする上で制約は何もありません。したがって御信心は私たちの一念心によるのであり、大聖人様がここで仰せのように、何があっても退転する事なく折伏に励まなければなりません。また形は違えども、信心が進めば進むほど、信心をやめさせようとする三障四魔が競い起こってきます。それに負けないためには、朝夕の勤行・唱題、そして日々の折伏行、寺院参詣、御登山が大切です。これからも共々に励まし合いながら、一年に一人が一人の折伏、支部折伏誓願達成に向けて精進してまいりましょう」等との御指導をいただきました。

『聖人御難事(しょうにんごなんじ)』
弘安2年10月1日 58歳

彼のあつわら(熱原)の愚癡の者どもい(言)ゐはげ(励)ましてを(堕)とす事なかれ。彼等には、たゞ一えん(円)にをも(思)い切れ、よからんは不思議、わるからんは一定とをも(思)へ。ひだる(饑)しとをも(思)わば餓鬼道ををし(教)へよ。さむ(寒)しといわば八かん(寒)地獄ををし(教)へよ。をそろ(恐)しゝといわばたか(鷹)にあへるきじ(雉)、ねこ(猫)にあへるねずみ(鼠)を他人とをも(思)う事なかれ。此はこまごまとかき候事は、かくとしどし(年々)月々日々に申して候へども、なごへ(名越)の尼・せう(少輔)房・のと(能登)房・三位房なんどのやうに候をくびゃう(臆病)、物をぼへず、よく(欲)ふかく、うたが(疑)い多き者どもは、ぬ(塗)れるうるし(漆)に水をかけ、そら(空)をき(切)りたるやうに候ぞ。
(御書1398頁1行目〜6行目)

令和8年7月

■お経日(1日) ■広布唱題会(5日) ■御報恩御講(12日) ■盂蘭盆会(15日)

盂蘭盆会(15日)

令和8年7月15日、午前10時と午後1時の2回にわたり、盂蘭盆会が持経寺本堂において奉修されました。
法要は読経・焼香・唱題(午前10時の回は7月唱題行)、各家塔婆供養等の追善回向と如法に厳修され、そののち天野御住職より『盂蘭盆御書』を拝読申し上げ、通解並びに同抄の概要について述べられ、「法華経の根本である南無妙法蓮華経のお題目でなければ成仏はできません。目連(もくれん)尊者が釈尊の出世の本懐(ほんがい)である法華経を受持信行し、その功徳により母を救うことができたのです。」等と述べられ、さらに『聖人御難事』の御文を引用され、「釈尊は出世の本懐(ほんがい)として法華経を説き、中国の天台大師は法華三大部(法華玄義・法華文句・摩訶止観)を本懐とし、日本の伝教大師は法華経迹門の戒壇堂建立を本懐としました。そして末法の御本仏である日蓮大聖人様は、末法の一切衆生救済のために南無妙法蓮華経の本門戒壇の大御本尊様の御建立を本懐とされました。末法に生きる私たちは、この本門戒壇の大御本尊様にお題目を唱えていくことが成仏の直道です。そしてその唱題による功徳を、亡き諸精霊(しょしょうりょう)方のお塔婆を建立し、お焼香と御祈念をもって回し向かわしめることが正しい回向となります。」等との御指導をいただきました。そして最後に『新池御書』『四条金吾殿御書』を引用され、「私たちはお盆やお彼岸に限らず、年回忌、祥月命日忌や月命日忌等においても、寺院に参詣しお塔婆を建立し、僧俗一致して読経・唱題・焼香して、ご先祖方からうらめしく思われることのないよう、御回向申し上げることが大切です。」等と述べられ御指導を結ばれました。

『盂蘭盆御書(うらぼんごしょ)』
弘安2年7月13日 58歳

悪の中の大悪は我が身に其の苦をうくるのみならず、子と孫と末七代までもかゝり候ひけるなり。善の中の大善も又々かくのごとし。目連尊者が法華経を信じまいらせし大善は、我が身仏になるのみならず、父母仏になり給ふ。上七代下七代、上無量生下無量生の父母等存外(ぞんがい)に仏となり給ふ。乃至代々の子息・夫妻・所従・檀那・無量の衆生三悪道をはなるゝのみならず、皆初住・妙覚の仏となりぬ。故に法華経の第三に云はく「願はくは此の功徳を以て普(あまね)く一切に及ぼし、我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん」云云。
(御書1396頁5行目〜10行目)

『聖人御難事(しょうにんごなんじ)』
弘安2年10月1日 58歳

仏は四十余年、天台大師は三十余年、伝教大師は二十余年に、出世の本懐を遂げ給ふ。其の中の大難申す計りなし。先々に申すが如し。余は二十七年なり。
(御書1396頁3行目〜5行目)

『新池御書(にいけごしょ)』
弘安3年2月 59歳

仏に成り候事は別の様は候はず、南無妙法蓮華経と他事なく唱へ申して候へば、天然と三十二相八十種好を備ふるなり。如我等無異(にょがとうむい)と申して釈尊程の仏にやすやすと成り候なり。
(御書1460頁12行目〜13行目)

『四条金吾殿御書(しじょうきんごどのごしょ)』
文永8年7月12日 50歳

又在家の人々も、我が父母、地獄・餓鬼・畜生におちて苦患(くげん)をう(受)くるをばとぶ(弔)らはずして、我は衣服・飲食(おんじき)にあ(飽)きみ(満)ち、牛馬眷属充満して我が心に任せてたのしむ人をば、いかに父母のうらやましく恨み給ふらん。
(御書470頁5行目〜7行目)

御報恩御講(12日)

令和8年7月12日午後1時より、御報恩御講が持経寺本堂において奉修されました。
法要は献膳・読経・唱題と如法に厳修され、御法話に先立ちお二方の御授戒が執り行われたのち、天野御住職より令和8年7月度・御報恩御講拝読御書『聖人知三世事』を拝読申し上げ、通解並びに同抄全体の概要、および正法(しょうぼう)・像法(ぞうぼう)・末法の三時等について述べられ、「〈不軽の跡を紹継する〉とお示しのとおり、大聖人様は順縁・逆縁の一切衆生救済のために、身命を賭して南無妙法蓮華経のご法門を説かれました。私たちもまた大聖人様の弟子檀那として、勤行・唱題を根本にこの御本尊様を皆に知らしめていくことが大切です。そして〈頭七分に破れ〉とのお示しは、御本尊様に〈若悩乱者頭破七分〉とお認(したた)めのあるとおり、御本尊様・法華経の行者を軽んじ謗る人は頭破七分となる。逆に〈福を安明に積まん〉とは、御本尊様を信じてしっかりとお題目を唱えていくならば、御本尊様に〈有供養者福過十号〉とお認めのとおり、御本尊様(法華経)を供養することは、十号と呼ばれる尊称を具えた仏を供養するよりも福徳に勝るのです。折伏は争いではなく、皆を幸せに導く慈悲の行ですから、その使命をよく自覚していかなければなりません。」等と御指導され、さらに総本山第六十八世日如上人猊下の御指南を引用され、「〈一年に一人が一人の折伏〉の御命題に向かって、大聖人様のお姿を胸に、慈悲の折伏に努めてまいりましょう。」等と御法話を結ばれました。
また御報恩御講終了後、各総地区ごとに集まって座談会が開催されました。

『聖人知三世事(しょうにんちさんぜじ)』
文永11年11月 53歳

後五百歳(ごごひゃくさい)には誰人(たれびと)を以(もっ)て法華経の行者と之を知るべきや。予(よ)は未だ我が智慧を信ぜず。然(しか)りと雖(いえど)も自他(じた)の返逆(ほんぎゃく)・侵逼(しんぴつ)、之(これ)を以て我が智を信ず。敢(あ)へて他人の為(ため)にするに非(あら)ず。又(また)我が弟子(でし)等之を存知(ぞんち)せよ。日蓮は是(これ)法華経の行者なり。不軽(ふきょう)の跡(あと)を紹継(しょうけい)するの故(ゆえ)に。軽毀(きょうき)する人は頭(こうべ)七分(しちぶん)に破(わ)れ、信ずる者は福(ふく)を安明(あんみょう)に積まん。
(御書748頁9行目〜11行目)

総本山第六十八世日如上人猊下御指南

 世間では、邪義邪宗の間違った教えが多くの人達の心を惑わせております。そういう人達に対して、謗法は不幸の根源であること。謗法こそ人を不幸にし、社会を危うくする元凶であることをはっきりと言いきって、私達は勇気を持って折伏をすべきであります。
 そして、その折伏は、実はだれでもできることであります。もし、友人、知人、親戚のなかで、折伏をしたい人がいれば、講中の方々の応援などを得て、一日も早く折伏をすることが肝要であります。
(大日蓮 令和8年5月号 第963号)

広布唱題会(5日)

令和8年7月5日午前9時より、広布唱題会が持経寺本堂において奉修されました。
読経・広布唱題行終了後、御指導にあたり天野御住職より『持妙法華問答抄』の一文を拝読申し上げ、「本門戒壇の大御本尊様が一閻浮提第一なるが故に、その御本尊様を持(たも)つ私たちも一番素晴らしいのです。大聖人様がそのようにお示しくださっているのですから、私たちもそれにお応えしていかなければなりません。普段から〈この御本尊様を持つ人〉としての振る舞いを心掛けることが大切です。相手によって態度を変えるような浅ましい姿ではなく、誰に対しても分け隔てなく親切丁寧に接する、大聖人様の法を持つ人格者としての立ち居振る舞いをしていかなければなりません。逆に周囲から顰蹙(ひんしゅく)をかうような姿では、仮に折伏をしたとしても〈あなたを見ていると、その御本尊様が正しいとはとても思えない〉ということになり、法を下げることになってしまいます。常に私たちの振る舞いは多くの方々から見られているのだと自覚し、勤行・唱題を根本に、人格者として世間の人たちからも信頼されるように努めていかなければなりません。その中で少しずつ折伏も進んでまいります。」等との御指導をいただきました。

『持妙法華問答抄(じみょうほっけもんどうしょう)』
弘長3年 42歳

持たるゝ法だに第一ならば、持つ人随って第一なるべし。
(御書298頁7行目)

お経日(1日)

令和8年7月1日、午前10時より、お経日が持経寺本堂において奉修されました。
法要は読経・7月唱題行、各家塔婆供養・永代供養精霊等の追善回向と如法に厳修され、そののち御法話に先立ち、天野御住職より『南条殿御返事』を拝読申し上げ、通解並びに妙荘厳王(みょうしょうごんのう)の説話について述べられ、「法華経を修行していた四人の比丘のうち、一人が食料の調達を担い、他の三人には修行に専念させました。その食料を調達して他の三人に供養した比丘は妙荘厳王となり、他の三人は王を守るためにその妃と二人の息子となり、外道バラモン教に傾倒していた王を成仏に導きました。この故事から、仏様に御供養することの大事を教えられているのです。」等と述べられ、さらに「御法主上人猊下は、これからの熾烈な広布の闘いに耐えうる、足腰の強い講中を皆で構築しなければならないと御指南されています。家庭訪問などに尽力し皆で共に励まし合い、共に幸せになり多くの人材が育ち、さらに折伏をして他の人々を救っていくことが私たちの使命です。」等との御指導をいただきました。

『南条殿御返事(なんじょうどのごへんじ)』
建治2年3月18日 55歳

夫(それ)衣は身をつゝ(包)み、食(じき)は命をつぐ。されば法華経を山中にして読みまいらせ候人を、ねんご(懇)ろにやし(養)なはせ給ふは、釈迦仏をやしなひまいらせ、法華経の命をつ(継)ぐにあらずや。妙荘厳王(みょうしょうごんのう)は三聖を山中にやしなひて沙羅樹(しゃらじゅ)王仏となり、檀王(だんおう)は阿私(あし)仙人を供養して釈迦仏とならせ給ふ。されば必ずよ(読)みか(書)ゝねども、よ(読)みか(書)く人を供養すれば、仏になる事疑ひなかりけり。経に云はく「是の人仏道に於て決定(けつじょう)して疑ひ有ること無けん」と。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。
(御書954頁3行目〜7行目)