
寿量品に、
「擣簁和合(とうしわごう)」(法華経436ページ)
と説かれているように、妙法の題目は、釈尊一代五十年の教法をすべて擣(つ)き簁(ふる)い分け、これをまとめて妙法という良薬(ろうやく)に丸(がん)じられたのである。この良薬の効能は莫大であり、病者が自分の病も知らず、また薬のなんであるかを知らなくても、良薬を服せば病が癒えるように、妙法を信じ唱えれば、見思(けんじ)・塵沙(じんじゃ)・無明(むみょう)という一切の煩悩が同時に転じて、我々に本来具(そな)わる法(ほっ)・報(ぽう)・応(おう)三身(さんじん)の仏徳が磨かれるのである。これには、信の一時こそ肝要であり、このように妙法の徳は無限なのである。
(総本山第六十七世日顕上人猊下御教示『すべては唱題から』 28ページ)
令和7年10月26日(日)午前11時より、持経寺本堂において当山「宗祖日蓮大聖人・御会式(おえしき)御正當会(ごしょうとうえ)」が厳粛に奉修されました。
御会式とは、末法の御本仏・日蓮大聖人が弘安5年(1282年)年10月13日、武州池上(現在の東京都大田区)の右衛門太夫宗仲の館において御入滅あそばされ、滅・不滅、三世常住(さんぜじょうじゅう)の相を示されたことをお祝いする法要です。
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【令和4年から】★成人式
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令和8年3月1日午前9時より、広布唱題会並びにお経日が持経寺本堂において奉修されました。
読経・広布唱題行終了後、天野御住職より、御法話に先立ち『千日尼御前御返事』の御文を拝読申し上げ、通解並びに阿仏房と千日尼について述べられたのち、「佐渡から身延まで片道21日の道のりを、87歳から90歳まで高齢の身で命懸けで、三度も大聖人様のもとへ参詣された阿仏房の御信心を手本としなければならない。今は車も電車もある恵まれた時代であるし、健康に留意して長生きをし、一回でも多く篤い御信心をもって御登山していただきたい。本年は特に、支部総登山はもちろんのこと、5月からの講習会登山にも積極的に参加していただきたい。総本山に集って自宗の教義を勉強するなどという宗派は他には一切なく、大変恵まれていることである。」等との御指導をいただきました。
『千日尼御前御返事(せんにちあまごぜんごへんじ)』
弘安元年7月28日 57歳
人は見る眼の前には心ざし有れども、さしはなれぬれば、心はわす(忘)れずともさてこそ候に、去ぬる文永十一年より今年弘安元年まではすでに五箇年が間此の山中に候に、佐渡国より三度まで夫をつかわす。いくらほどの御心ざしぞ。大地よりもあつく大海よりもふかき御心ざしぞかし。
(御書1253頁10行目〜13行目)
■広布唱題会(1日) ■興師会・お経日(1日) ■節分会(3日) ■御報恩御講(8日) ■宗祖御誕生会(16日)
【上】『御誕生』【下】『海岸ノ青蓮華』(共に昭和五十六年 宗祖日蓮大聖人第七百御遠忌記念『日蓮大聖人御一代絵圖』より)
令和8年2月16日午前10時より、宗祖御誕生会が持経寺本堂において奉修されました。
宗祖御誕生会(しゅうそごたんじょうえ)は、末法の御本仏である宗祖・日蓮大聖人の末法御出現をお祝い申し上げ、その御報恩のために、御誕生日である2月16日に奉修される法要です。
法要は献膳・読経・百日間唱題行と如法に厳修され、はじめに天野御住職より御法話にあたり『産湯相承事』を拝読申し上げ、そののち宗祖日蓮大聖人の御誕生について身分の低い家柄に御出生あそばされたこと、それに対して釈尊は脱益(だっちゃく)の仏として多くの順縁の人々を導くために位の高い王族という身分に生まれ、また滅後の竜樹・天親はカースト最上位のバラモンであり、さらに天台大師、伝教大師は王族の出生、浄土宗の法然、臨済宗の栄西、曹洞宗の道元、浄土真宗の親鸞などが皆貴族出身であることを述べられ、「日蓮大聖人が身分の低い民の御出生であるのは、もし大聖人様が高貴な身分の御出生であったならば、数多くの大難・小難はなかったことと拝察される。大聖人様がそれらの難に逢われることによって、法華経に予証される末法の法華経の行者、末法の御本仏であると証明されたのである。本日の御誕生会は、末法万年にわたって一切衆生を救済されるための大切な法要である。その意義を深く理解し、広宣流布に向かって一人一人が慈悲の折伏行を常に根本にし、信心修行に精進申し上げましょう。」等との御指導をいただきました。
『産湯相承事(うぶゆそうじょうのこと)』
日興之を記す
御名乗りの事、始めは是生(ぜしょう)、実名(じつみょう)は蓮長(れんちょう)と申し奉る。後に日蓮と名乗り有りし御事は、悲母梅菊女は童女の御名なり平の畠山殿の一類にて御坐(ござ)すと云云。法号妙蓮禅尼の御物語之(これ)有る事は、我に不思議の御夢相(おんむそう)有り、清澄寺に通夜申したりし時、汝が志(こころざし)真に神妙なり、一閻浮提第一の宝を与へんと思ふなり。〔父母夫婦先表の口伝〕東条の片海に三国大夫(みくにのたいふ)と云ふ者あり、是を夫と定めよと云云。
(御書1708頁)
令和8年2月8日午後1時より、御報恩御講が持経寺本堂において奉修されました。
法要は献膳・読経・唱題と如法に厳修され、そののち御法話に先立ち天野御住職より令和8年2月度・御報恩御講拝読御書『弁殿尼御前御書』を拝読申し上げ、通解並びに弁殿(六老僧・日昭)尼御前について、および同抄全体の概要等について述べられたのち、「一生、何も障害なく信心を全うできればそれに越したことはないが、障魔は競い起る。第六天の魔王は非常に厳しい魔であるけれども、その時に、自分が正しい信心をしている証拠であり、ここで頑張れば仏界に至るのだと自身を励まして、御本尊様から離れることなく信心を全うしていただきたい。そのためには、前向きな気持ちで信心に励み、御本尊様の素晴らしさをを伝えようとしていくならば、天魔が入り込む隙間もなくなり、折伏も進んでいく。後ろ向きの気持ちでは折伏はできない。」等との御指導をいただき、最後に御法主日如上人猊下の御指南を引用され、「魔に負けてしまうのは自分自身の問題である。生涯にわたってお題目を唱え折伏を行じ、大聖人様からお褒めいただけるよう精進してまいりましょう。」等と御法話を結ばれました。
また御報恩御講終了後、各総地区ごとに集まって座談会が開催されました。
『弁殿尼御前御書(べんどのあまごぜんごしょ)』
文永10年9月19日 52歳
第六天の魔王、十軍のいくさをを(起)こして、法華経の行者と生死海の海中にして、同居穢土(どうごえど)をと(取)られじ、うば(奪)はんとあらそう。日蓮其の身にあひあ(当)たりて、大兵をを(起)こして二十余年なり。日蓮一度もしり(退)ぞく心なし。しかりといえども弟子等・壇那等の中に臆病のもの、大体(だいたい)或(あるい)はを(堕)ち、或は退転の心あり。尼ごぜんの一文不通(いちもんふつう)の小心に、いまゝでしり(退)ぞかせ給はぬ事申すばかりなし。
(御書686頁8行目〜11行目)
御法主日如上人猊下御指南
魔が競い起きた時こそ、信心決定の絶好の機会と捉え、一人ひとりが妙法受持の大功徳を確信して、決然と魔と対決し、粉砕していくことが大事であります。所詮、いかなる魔も仏様には絶対に勝てないのでありますから、大御本尊様への絶対信をもって、いよいよ信心強盛に唱題に励み、折伏を行じ、御宝前にお誓い申し上げました本年度の折伏誓願を必ず達成されますよう心からお祈り申し上げ、本日の挨拶といたします。
(『大日蓮』令和4年6月号)
令和8年2月3日午前10時より、節分会が持経寺本堂において奉修されました。
読経・唱題後、天野御住職より『四条金吾殿女房御返事』の御文を拝読申し上げ、立春と節分、厄年のこと、豆まきの由来、『鬼は外』を言わない理由等々について御指導いただき、さらに『経王殿御返事』の御文を拝読申し上げ、「本日は一年の初めの大切な節目にあたり、持経寺の御本尊様の元にお集まりいただき、共々に読経・唱題し豆をまき、本年の無病息災を御祈念できたことは大変有り難いことと存じます。皆さんが御祈念された祈りは必ず成就し、本年も健康で幸せな一年となることを確信いたします。」等との御指導をいただきました。そして最後に皆で豆まきをし、お寺様にご用意いただいた福豆の豆茶をいただきました。
『四条金吾殿女房御返事(しじょうきんごどのにょうぼうごへんじ)』
文永12年1月27日 54歳
又三十三のやく(厄)は転じて三十三のさいは(幸)ひとならせ給ふべし。七難即滅七福即生(しちなんそくめつしちふくそくしょう)とは是なり。年はわか(若)うなり。福はかさ(重)なり候ベし、あなかしこ、あなかしこ。
(御書757頁16行目〜)
『経王殿御返事(きょうおうどのごへんじ)』
文永10年8月15日 52歳
経王御前にはわざはいも転じて幸(さいわ)ひとなるべし。あひかまえて御信心を出だし此の御本尊に祈念せしめ給へ。何事か成就せざるべき。「充満其願(じゅうまんごがん)、如清涼池(にょしょうりょうち)」「現世安穏、後生善処」疑ひなからん。
(御書685~686頁)
【上から】◎大聖人をお慕いし弟子入りを乞う日興上人 ◎二箇相承御付嘱(共に昭和五十六年 宗祖日蓮大聖人第七百御遠忌記念『日蓮大聖人御一代絵圖』より) ◎大石寺開創之図(『日蓮正宗公式サイト』より)
令和8年2月1日、広布唱題会に引き続き、興師会並びにお経日が持経寺本堂において奉修されました。
興師会(こうしえ)は、日蓮大聖人から仏法の正義(しょうぎ)を受け継がれ、後世まで正しく法灯を伝えてくださった日興上人に対し奉り、僧俗一致して心から御報恩申し上げるための法要です。
法要は献膳・読経・唱題と如法に厳修され、そののち天野御住職より御法話にあたり『日蓮一期弘法付嘱書』『身延山付嘱書』を拝読申し上げ、日興上人の御出自より四十九院での勉学、12歳での岩本・実相寺への入山、そして13歳の時に日蓮大聖人への弟子入り、16歳にて大聖人の伊豆御配流に際して実相寺を出て馳せ参じ、以後、大聖人御入滅までの22年間常随給仕し、『日蓮一期弘法付嘱書』『身延山付嘱書』の二箇相承にて仏法の一切を付嘱され、さらには地頭・波木井実長の四箇の謗法による身延離山から大石寺開創に至る御事績等々について述べられ、「正しい三宝(仏=宗祖日蓮大聖人 法=本門戒壇の大御本尊 僧=第二祖日興上人を随一とする御歴代上人)は日蓮正宗総本山大石寺にのみ、唯授一人血脈相伝によって厳然と受け継がれている。私たち僧俗が大聖人様の正しい仏法を受持信行できるのは、ひとえに第二祖日興上人様あればこそである。これよりはその御報恩のため一天広布に向かって、一年に一人が一人の折伏を成就すべく精進することが大切である。」等との御指導をいただきました。
『日蓮一期弘法付嘱書(にちれんいちごぐほうふぞくしょ)』
弘安5年9月 61歳
日蓮一期(いちご)の弘法(ぐほう)、白蓮阿闍梨日興(びゃくれんあじゃりにっこう)に之を付嘱す、本門弘通の大導師たるべきなり。国主此(こ)の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり。時を待つべきのみ。事の戒法と謂(い)ふは是なり。就中(なかんずく)我が門弟等此の状を守るべきなり。
弘安五年 壬午(みずのえうま) 九月 日
日蓮 花押
血脈の次第 日蓮日興
(御書1675頁)
『身延山付嘱書(みのぶさんふぞくしょ)』
弘安5年10月13日 61歳
釈尊五十年の説法、白蓮阿闍梨日興に相承す。身延山久遠寺の別当(べっとう)たるべきなり。背く在家出家共の輩は非法の衆たるべきなり。
弘安五年 壬午(みずのえうま) 十月十三日
武州池上
日蓮 花押
(御書1675頁)
令和8年2月1日午前9時より、広布唱題会が持経寺本堂において奉修されました。
読経・広布唱題行終了後、天野御住職より、先般1月30日のインドネシア・法清寺の執事様並びに22名の御信徒との交流について触れられ、「インドネシアの皆さんが総本山大石寺に参詣するには、飛行機代が15万円と5日間の滞在費が15万円、日本円で合計30万円かかる。ただし日本とインドネシアの貨幣価値の違いにより、あちらの人にとっては日本円30万円は大変な高額となる(編集室註/現在のレートでは、日本円30万円は3,255万ルピアで、インドネシアの物価・生活費が日本の30%程度とすると、日本円の30万円は3倍の90万円以上の価値)。にもかかわらず家族5人で来られている方、あるいは年に4回御登山されている方もいるとのこと。それに対して私たちは、安いバス代で、しかも日帰りで御登山できるほど恵まれているのである。海外には、大御本尊様を渇仰恋慕しながら御登山できない人たちがたくさんいる。そのことを胸に置きながら私たちは精進していかなければならない。」等との御指導をいただきました。
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