神奈川県川崎市の日蓮正宗寺院・大乗山持経寺ホームページ

令和7年 活動充実の年

総本山第六十七世日顕上人猊下御指南

二十三、生死を正しく解決する大道

 生と死ということを全体的、客観的に見て、聖者がこれを示されるとき、世の中のすべては生死(しょうじ)の二法であると説かれる。天地、日月、五星より、あらゆる十界の存在がすべて生死の二法である。生死とは、詳しくは生・住・異・滅で、すべての存在は生じ、存続し、変化し、消滅するのであり、日月も永遠の時間のなかで例外ではない。しかし、我々の生死の主観的立場から言えば、生についても、そのなかで色々な苦しみが多く、行く先の安定が得られず、死についても、それがどのようなもので、その先がどうなっていくのか解らないところに不安や恐れがつきまとう。また、仏教の因縁果報の法則によれば、生まれる前や生存中の様々な善悪の行為の報が、死の時の一念に現れると言う。故に悪報は、その程度によって地獄、餓鬼、畜生等の拙(つたな)い果を感じ、善報もその程度により、人間、天上乃至、仏、菩薩の一念を感じ、そこへ生ずると言う。しかし、これは一往の善悪の果報である。
 大聖人は、この意味をことごとく含み具(そな)える法界全体の命を妙法蓮華経と示され、衆生の生死の一大事とは、仏の最高の悟りである上行付嘱の法体(ほったい)の妙法を受持し、唱えることであり、そのところにすべての生死の苦難より救われる唯一の道があることを示された。
 これは、妙法蓮華経があらゆる差別と平等を貫き、すべての善悪を超越した大善の法であり、天地法界のすべてに通ずるので、このような広大な利益(りやく)を得るのである。故に、本門の題目は生死を正しく解決する大道である。強盛(ごうじょう)の大信力を出だして南無妙法蓮華経を唱え、臨終正念と祈ることが、生死一大事の血脈(けちみゃく)である。

(総本山第六十七世日顕上人猊下御教示『すべては唱題から』 31ページ)

特設ページ

令和7年 宗祖日蓮大聖人御会式 令和7年 宗祖日蓮大聖人御会式

令和7年10月26日(日)午前11時より、持経寺本堂において当山「宗祖日蓮大聖人・御会式(おえしき)御正當会(ごしょうとうえ)」が厳粛に奉修されました。
御会式とは、末法の御本仏・日蓮大聖人が弘安5年(1282年)年10月13日、武州池上(現在の東京都大田区)の右衛門太夫宗仲の館において御入滅あそばされ、滅・不滅、三世常住(さんぜじょうじゅう)の相を示されたことをお祝いする法要です。
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御会式(令和7年)御会式(令和7年) 持経寺本堂大改修落慶 持経寺本堂大改修落慶

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令和8年6月

■お経日(1日)

お経日(1日)

令和8年6月1日、午前10時より、お経日が持経寺本堂において奉修されました。
法要は読経・唱題行、各家塔婆供養・永代供養精霊等の追善回向と如法に厳修され、そののち御法話に先立ち、天野御住職より『開目抄』を拝読申し上げ、通解並びに同抄全体の概要、および御述作当時の背景等について述べられ、「『法華経』方便品には、開示悟入(かいじごにゅう)の四仏知見(しぶっちけん)が示されています。これは仏様が何のためにこの世に御出現になったかを顕わすものであり、〈開〉とは仏様の知恵を衆生に示し開かしめることであり、〈示〉とは仏様の本当の教えを示すことであり、〈悟〉は悟りを開かしめ、〈入〉とは成仏の道に入らしめることです。つまり一切衆生を救わんがために仏様がこの世に御出現になられたということで、それは御本仏日蓮大聖人様のお姿そのものです。私たちは大聖人様の大慈悲により御本尊様に巡り合い、無量の功徳善根をいただいて幸せになるのです。私たちはその御本仏様の御慈悲に対して、自行化他の信心をもって報恩感謝申し上げなければなりません。この御本尊様を知らない多くの方々のために、日々に唱題を重ね、大聖人様の御教えを伝えていくことが大切です。」等との御指導をいただきました。

『開目抄(かいもくしょう)』
文永9年2月 51歳

 されば日蓮が法華経の智解は天台伝教には千万が一分も及ぶ事なけれども、難を忍び慈悲のすぐれたる事はをそれをもいだきぬべし。定んで天の御計らひにもあづかるべしと存ずれども、一分のしるし(験)もなし。いよいよ重科に沈む。還って此の事を計りみれば我が身の法華経の行者にあらざるか。又諸天善神等の此の国をすてゝ去り給へるか。かたがた疑はし。而るに、法華経の第五の巻、勧持品(かんじほん)の二十行の偈は、日蓮だにも此の国に生まれずば、ほとを(殆)ど世尊は大妄語の人、八十万億那由佗(なゆた)の菩薩は提婆(だいば)が虚誑罪(こおうざい)にも堕ちぬべし。経に云はく「有(う)諸無智人、悪口罵詈(あっくめり)等」「加刀杖瓦石(かとうじょうがしゃく)」等云云。
(御書540頁〜541頁)

令和8年5月

■お経日(1日) ■広布唱題会(3日) ■御報恩御講(10日)

御報恩御講(10日)

令和8年5月10日午後1時より、御報恩御講が持経寺本堂において奉修されました。
法要は献膳・読経・唱題と如法に厳修され、そののち御法話に先立ち天野御住職より令和8年5月度・御報恩御講拝読御書『秋元御書』を拝読申し上げ、通解並びに同抄全体の概要等について述べられ、「御法主日如上人猊下のお父様である観妙院日慈上人様は、〈信心とは折伏なり〉と御指導されていました。日蓮正宗から折伏を無くしたら、日蓮正宗ではありません。」等と御指導され、さらに「〈覆(ふく)〉とは仏様の教えを聞き入れない、耳を塞ぎ口に唱えないこと。〈漏(ろ)〉とは悪縁によって信心が薄れ仏道修行を怠ること。〈汙(う)〉は我見や慢心によって仏様の教えを汚し功徳を無くしていく姿。〈雑(ぞう)〉とは謗法を容認し、正法に邪義邪法の教えを混ぜてしまうことです。このように器というものを通して、私たちの信心が陥りやすい姿を御教示下さっているのです。そしてこの後の御文では、四つの失を離れた器のことを〈完器(かんき)〉と示され、自行化他にわたる信心を行じて完器たるべく精進すべしとの御教示です。そしてこの御書の後段では〈謗人(ぼうじん)・謗家(ぼうけ)・謗国(ぼうこく)〉と示され、たとえ我が身に謗法がなくとも、家の中に謗法の人がいる〈謗家〉、そして謗家でなくとも国の中のどこかで謗法の人がいる(謗国)のであり、それを放置するならば謗法与同となります。御法主日如上人猊下の御指南のままに、一人でも多くの人に折伏を行じ、一年に一人が一人の折伏を成就できますように精進してまいりましょう。」等と御法話を結ばれました。
また御報恩御講終了後、小枝会計部長により令和7年度の会計報告が行われ、そののち各総地区ごとに集まって座談会が開催されました。

『秋元御書(あきもとごしょ)』
弘安3年1月27日 59歳

器(うつわ)に四(よ)つの失(とが)あり。一(いち)には覆(ふく)と申してうつぶけるなり。又はくつがへす、又は蓋(ふた)をおほふなり。二(に)には漏(ろ)と申して水もるなり。三(さん)には汙(う)と申してけがれたるなり。水(みず)浄(きよ)けれども糞(ふん)の入(い)りたる器の水をば用(もち)ふる事なし。四(し)には雑(ぞう)なり。飯(はん)に或(あるい)は糞、或は石(いし)、或は沙(すな)、或は土(つち)なんどを雑(まじ)へぬれば人食(く)らふ事なし。器は我等(われら)が身心(しんしん)を表(あら)はす。我等が心は器の如し。口も器、耳も器なり。
(御書1447頁5行目〜8行目)

広布唱題会(3日)

令和8年5月3日午前9時より、広布唱題会が持経寺本堂において奉修されました。
読経・広布唱題行終了後、天野御住職より『諸経と法華経と難易の事』を拝読申し上げ、「間違った宗教・思想の考えを持った人々を、慈悲を根本とする大聖人様の仏法をもって折伏していかなければ、世の中は絶対に良くなりません。そして相手個人への攻撃ではなく、その誤った宗教・思想を破折していくことが折伏です。日顕上人様は、ご自身にあれほどの迫害を加えてきた池田大作でさえも憎んでいない、ただただ池田大作の三宝破壊の根本的な信心の誤りを破折しなければならないと仰せでありました。私たちもそうしたスタンスで、大聖人様の正しい教えを拝して勧めていくことが大切です。その姿の中に必ずや仏国土が築かれ、私たちもその国土世間に安住して幸せになるのです。私たち一人一人の力は小さくとも、多くの人が集まれば大きな力となりますから、皆で力を合わせて精進してまいりましょう。」等との御指導をいただきました。

『諸経と法華経と難易の事(しょきょうとほけきょうとなんいのこと)』
弘安3年5月26日 59歳

仏法やうやく顛倒(てんどう)しければ世間も又濁乱(じょくらん)せり。仏法は体(たい)のごとし、世間はかげのごとし。体曲がれば影なゝめなり。
(御書1469頁9行目〜10行目)

お経日(1日)

令和8年5月1日、午前10時より、お経日が持経寺本堂において奉修されました。
法要は読経・唱題、各家塔婆供養・永代供養精霊等の追善回向と如法に厳修され、そののち御法話に先立ち、天野御住職より『日妙聖人御書』を拝読申し上げ、通解並びに同抄全体の概要等について述べられ、「この御書を拝するに、何があっても正しい信心を続けること、そして根本である本門戒壇の大御本尊様に御目通りいただくことの大事を学んでいただければと思います。その信心の姿は、どういう時代が来ようとも、どういう姿になろうとも変わるものではありません。何があっても、淡々とご精進をお願いいたします。」等と述べられ、さらに「4月の折伏強化月間をもって、1月1日から続けてきた百日間唱題行も区切りとなりました。そこでこの5月からは毎日、いつもより10分多く唱題することを心掛け、自身の幸せと折伏行が進むように皆でご祈念していただきたいと思います。」等との御指導をいただきました。

『日妙聖人御書(にちみょうしょうにんごしょ)』
文永9年5月25日 51歳

然るに玄奘(げんじょう)は西天に法を求めて十七年、十万里にいたれり。伝教御入唐但二年なり、波濤(はとう)三千里をへだてたり。此等は男子なり、上古なり、賢人なり、聖人なり。いまだきかず女人の仏法をもとめて千里の路をわけし事を。竜女が即身成仏も、摩訶波闍波提比丘尼(まかはじゃはだいびくに)の記別(きべつ)にあずかりしも、しらず権化(ごんげ)にやありけん。又在世の事なり。男子女人其の性本(もと)より別れたり。火はあたゝかに水はつめたし。海人(あま)は魚をとるにたくみなり。山人(かりうど)は鹿をとるにかしこし。女人は婬事(いんじ)にかしこしとこそ経文にはあかされて候へ。いまだきかず、仏法にかしこしとは。
(御書606頁3行目〜8行目)