神奈川県川崎市の日蓮正宗寺院・大乗山持経寺ホームページ

令和7年 活動充実の年

総本山第六十七世日顕上人猊下御指南

十五、教・行・人・理の所開と能開

 法華経に、
 「方便の門を開いて真実の相を示す。」(法師品・法華経328ページ)
とあり、妙とは方便の門を開くことである。
 その内容とは、教・行・人・理の四について方便がある。
 教において蔵・通・別の三教は方便で円教が真実であり、また、これを具体的に説いた経典では、華厳(けごん)・阿含(あごん)・方等(ほうどう)・般若(はんにゃ)は方便で、法華経が真実である。行では、爾前経に説く諸行が方便で、法華経で説く受持・読・誦(じゅ)等が真実である。人においては、諸経のそれぞれに示す修行の人の位は方便で、法華経に説く位が真実である。理では、蔵教(ぞうきょう)の但空(たんくう)、通教(つうぎょう)の体空、別教(べっきょう)の但中の理が方便で、円教の円融中道の理が真実であり、また経の部に約せば、華厳の別・円、阿含の蔵教、方等の蔵・通・別・円、般若の通・別・円は、それぞれ蔵・通・別が混じる故に方便で、法華の純円が真実である。
 妙の一字は、これらの経教が方便不真実であることを決するとともに、このすべては妙の一字より種々の機根に対する方便として出生したものであり、したがって法華経以外の諸経の教・行・人・理は、法華経から開かれたところの所開であり、それらはことごとく法華経の体内に帰するのが能開の意義である。題目は、このすべてを含む故に、唱題は一切経教の功徳を具(そな)えるのである。

(総本山第六十七世日顕上人猊下御教示『すべては唱題から』 20ページ)

特設ページ

令和6年 宗祖日蓮大聖人御会式 令和6年 宗祖日蓮大聖人御会式

令和6年11月17日(日)午後2時より、持経寺本堂において当山「宗祖日蓮大聖人・御会式(おえしき)御正當会(ごしょうとうえ)」が厳粛に奉修されました。
御会式とは、末法の御本仏・日蓮大聖人が弘安5年(1282年)年10月13日、武州池上(現在の東京都大田区)の右衛門太夫宗仲の館において御入滅あそばされ、滅・不滅、三世常住(さんぜじょうじゅう)の相を示されたことをお祝いする法要です。
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御会式(令和6年)御会式(令和6年) 持経寺本堂大改修落慶 持経寺本堂大改修落慶

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令和7年10月

■お経日(1日)

お経日(1日)

令和7年10月1日、午前10時より、お経日が持経寺本堂において奉修されました。
法要は読経・唱題、各家塔婆供養・永代供養精霊等の追善回向と如法に厳修され、そののち御法話に先立ち、天野御住職より『乙御前御消息』を拝読申し上げ、通解並びに当時の背景、全体の概要等について述べられたのち、「何よりも志を積み重ねていくならば、他の人よりも功徳・利益も勝る。私たちの信心において〈志を積み重ねる〉とは、日々に自行化他に精進するということである。そこに前向きに取り組む人が志を重ねる人である。御法主上人猊下の御指南のままに、そして共々に励まし合いながら頑張ってまいりましょう。」等との御指導をいただきました。

『乙御前御消息(おとごぜんごしょうそく)』
建治元年8月4日 54歳

いよいよ強盛の御志あるべし。氷は水より出でたれども水よりもすさ(凄冷)まじ。青き事は藍(あい)より出でたれどもかさ(重)ぬれば藍よりも色まさる。同じ法華経にてはをはすれども、志をかさぬれば他人よりも色まさり利生(りしょう)もあるべきなり。木は火にやかるれども栴檀(せんだん)の木はやけず。火は水にけ(消)さるれども仏の涅槃(ねはん)の火はきえず。華は風にちれども浄居(じょうご)の華はしぼ(萎)まず。水は大旱魃(かんばつ)に失(う)すれども黄河(こうが)に入りぬれば失せず。
(御書897頁17行目〜898頁3行目)

令和7年9月

■広布唱題会(7日) ■御難会(竜ノ口法難会)(12日) ■御報恩御講(14日) ■秋季彼岸会(21・23日) ■第2回 持経寺支部総登山(28日)

第2回 持経寺支部総登山(28日)

令和7年9月28日、天野御住職の御引率のもと、『令和7年 第2回持経寺支部総登山』が挙行されました。
当日は早朝より、東名高速道路で発生した多重事故による大渋滞の影響により、支部バスおよびマイカーの参加者の着山が大幅に遅れたため、支部総登山恒例の全体会は中止となり、着山後そのまま御開扉に向かうというスケジュール変更を余儀なくされることとなりました。
午前11時30分からの御開扉終了後、いったん休憩坊に戻り各々昼食をいただき、天野御住職より種々ご挨拶をいただいたのち、皆で宝物殿の見学・記念撮影に出発いたしました。宝物殿では日寛上人第三百回遠忌記念展、および日顕上人第七回御忌記念展が開催されており、両上人様の御事績をたどり御報恩謝徳申し上げ、参加者一同、感激のうちに今回の支部総登山を修めさせていただきました。

秋季彼岸会(21・23日)

令和7年9月21日および23日、それぞれ午前10時と午後1時の計4回に渡り、秋季彼岸会が持経寺本堂において奉修されました。
法要は献膳・読経・焼香・唱題と如法に厳修され、そののち天野御住職より、彼岸会の意味として、梵語の「パーラミータ(音訳:波羅蜜<はらみつ>)」からきていて、「到彼岸(とうひがん)/彼岸に到(いた)る」、煩悩や苦しみが充満した娑婆世界である「此岸(しがん)」から、悟りの「彼岸」に渡るという意味であること。そして、法華経以前の爾前権経(にぜんごんぎょう)では何度も何度も生まれ変わって歴劫修行(りゃっこうしゅぎょう/菩薩が過去現在未来の三世において、転生を繰り返して六波羅蜜を修行すること)をしなければならない。しかし私たちは本門戒壇の大御本尊様を受持信行しお題目を唱えるならば、どのような人であっても自然に六波羅蜜(ろっぱらみつ/布施・持戒・忍辱〈にんにく〉・精進・禅定・智慧)の修行が成就し、即座に易々(やすやす)と悟りの彼岸に到達できるのである。」等と述べられ、さらに『御義口伝』の御文を拝読され、「私たちがいただいた功徳善根を、亡き諸精霊方に廻し向かわしめるのが彼岸会の意義である。大聖人様は、仏教を修行する人はまず初めに四恩を報じなければならないと仰せである。その中で一番にあるのが〈父母の恩〉であり、また『心地観経(しんじかんぎょう)』には〈母の十徳/大地・能生・能正・養育・智者・荘厳(しょうごん)・安穏・教授・教誡(きょうかい)・与業(よごう)〉が説かれている。そうして言葉に尽くせぬほどの父母の恩を受けて今の私たちがあるのであるから、それを片時も忘れずに知恩報恩(恩を知り恩に報いる)しなければならない。当宗では〈常盆・常彼岸〉と言われるように、お盆やお彼岸に限らず年回忌や命日忌その他、機会あるごとにお塔婆を建立し回向することが大切である。」等との御指導をいただきました。

『御義口伝(おんぎくでん/就註法華経口伝)』

今日蓮等の類(たぐい)聖霊(しょうりょう)を訪(とぶら)ふ時、法華経を読誦し、南無妙法蓮華経と唱へ奉る時、題目の光無間(むけん)に至って即身成仏せしむ。廻向(えこう)の文(もん)此(これ)より事起こるなり。
(御書1724頁2行目〜)

御報恩御講(14日)

令和7年9月14日午後1時より、御報恩御講が持経寺本堂において奉修されました。
法要は献膳・読経・唱題と如法に厳修され、天野御住職より令和7年9月度・御報恩御講拝読御書『祈禱抄』を拝読申し上げ、通解並びに御述作当時の背景および最蓮房について、また同抄全体の概要等について述べられ、「総本山第六十六世日達上人様は、黒烏(こくう)・凡僧(ぼんそう)とは謗法の人々であり、まだ信心していないその人たちを折伏することが、正しい教えを説かれた仏様への報恩であると御指南されている。」等と述べられ、さらに総本山第六十七世日顕上人様が向島・本行寺の御住職として赴任され、本行寺の再建・再興にあたり大変な御苦心をあそばされた御事績を紹介され、「日顕上人様は、涙が出るほどの追い詰められた中での唱題と功徳を、若いときに体験したおかげで今の自分があるのだと、小僧さんたちによくお話しされていた。しっかりとお題目と唱えて御祈念していけば、正しい願いは必ず叶うのである。そのためには、前向きに頑張っていけるかどうかが大切であり、投げやりであったり中途半端な気持ちでは思い通りの人生にはならない。お寺のことももちろん大事だけれども、皆さん一人一人が幸せになっていくことが大切である。とにかく純粋な気持ちを持って御本尊様に向き合いお題目を唱え御祈念することが、幸せになっていくための秘訣である。」等との御指導をいただきました。
また御報恩御講終了後、各総地区ごとに集まって折伏誓願達成に向けての座談会が開催されました。

『祈禱抄(きとうしょう)』
文永9年 51歳

月を待つまでは灯(ともしび)を憑(たの)むべし。宝珠(ほうじゅ)のなき処(ところ)には金銀(こんごん)も宝なり。白烏(はくう)の恩をば黒烏(こくう)に報ずべし。聖僧(せいそう)の恩をば凡僧(ぼんそう)に報ずべし。とくとく利生(りしょう)をさづけ給へと強盛(ごうじょう)に申すならば、いかでか祈りのかな(叶)はざるべき。
(御書630頁13行目〜15行目)

御難会(竜ノ口法難会)(12日)

竜ノ口法難(昭和五十六年 宗祖日蓮大聖人第七百御遠忌記念『日蓮大聖人御一代絵圖』より)

令和7年9月12日、午後1時より、御難会(竜ノ口法難会)が持経寺本堂において奉修されました。御難会は文永8年9月12日、宗祖日蓮大聖人の竜ノ口(たつのくち)の法難を記念し、御報恩謝徳申し上げる法要です。
法要は献膳・読経・唱題と如法に厳修されたのち、御法話にあたり天野御住職より『開目抄』を拝読申し上げ、3年前にさかのぼる蒙古国からの牒状(ちょうじょう)と『安国論御勘由来』『十一通御書』の御述作から、極楽寺良寛の雨乞いの祈祷失敗と讒訴(ざんそ)、平左衛門尉頼綱による松葉ヶ谷の草庵襲撃から竜ノ口の法難に至るまでの経緯について述べられ、「時の最高権力者をもってしても、諸天善神の加護により大聖人様のお命を断つことはできなかった。この身命を賭した大法難によって、大聖人様は久遠元初の御本仏として開顕、発迹顕本(ほっしゃくけんぽん)あそばされ、法華経勧持品(かんじほん)第十三の〈二十行の偈〉を証明され、そして末法万年の一切衆生のため大聖人様の御魂たる本門戒壇の大御本尊を御図顕あそばされたのである。今末法の時代に生きる私たちは、本門戒壇の大御本尊を受持信行し奉り、日々に罪障消滅のために精進できることは誠に有り難いことであり、この御難会を契機としてさらに自行化他の信心に励んでまいりましょう。」等との御指導をいただきました。

『開目抄(かいもくしょう)下』
文永9年2月 51歳

日蓮といゐし者は、去年(こぞ)九月十二日子丑(ねうし)の時に頸(くび)はねられぬ。此は魂魄(こんぱく)佐土の国にいたりて、返る年の二月雪中にしるして、有縁の弟子へをくれば、をそろしくてをそろしからず。みん人、いかにをぢぬらむ。
(御書563頁)

広布唱題会(7日)

令和7年9月7日午前9時より、広布唱題会が持経寺本堂において奉修されました。
読経・広布唱題行終了後、天野御住職より、先般9月4日に応顕寺様にて開催された神奈川布教区僧俗指導会における御僧侶様方への指導会の内容について触れられ、「私たちの信心においては、信行学が大切である。殊に御講参詣と講習会等の御登山の参加者が増えるように心掛けてほしい。信ある人が御講・講習会登山に参加すれば、そこに行学が備わっていく姿がある。皆で声を掛け合って参加者が増え、支部が活性化するよう、興隆・発展していけるように努力してまいりましょう。」等と述べられ、さらにこの9月の〈折伏強化月間〉について、「皆で唱題し、皆で折伏をし、皆で家庭訪問する。とはいえ掛け声だけでは人はなかなか動かないので、毎週お寺から宗務支院長に報告することになっている。皆さんにおかれては、一遍でも多くお題目を唱え、訪問でも電話でもメールでも、皆で折伏に力を尽くしてまいりましょう。それを各地区長に伝えれば、それが支部の活動として集約されるのでご協力ください。」等との御指導をいただきました。

■お知らせ

令和7年9月1日午前10時より、お経日が持経寺本堂において奉修されましたが、ホームページ編集室の都合により掲載をお休みさせていただきます。読者の皆さまには何とぞご了承のほど、よろしくお願い申し上げます。