列星森として
花に学ぶ

春暁ビニールハウス栽培で、私たちは季節に関係なく数多くの花を、いつどこでも見ることができるようになった。しかし本当に花を愛(いと)しみ、花と語れるのは、やはりその時節に咲く花なればこそである。
やはり、桜は4月の花である。毎年、お虫払に登山する人々を無心に咲いた全山の桜が、無言のことばをもって歓迎してくれる。

「花はなぜ美しいのか
ひとすじの気持ちで
咲いているからだ」
と歌った詩人がいた。
花に嵐のたとえ、花のいのちは短かく「三日見ぬ間のさくらかな」で愛惜(あいせき)のうちに散っていく。
いや、愛惜というのも人間のはからいで、花は無心に咲いて無心に散っていく。始めもわからぬ大昔から、生きつゞける花のいのちが、今年も季節に催されて今、爛漫の花に押し出されてきたのである。永遠の今を無心に、精いっぱい燃焼させている。一瞬一瞬に全生命を生き抜いているのである。
咲くべくして咲き、散るべくして散る。そして次代を背負うタネを、結ぶべくして結んでいく。
いのちほど不思議なものはない。

大聖人様は
「鳥と虫とな(鳴)けどもなみだ(涙)をちず、日蓮はな(泣)かねどもなみだ(涙)ひまなし」
(新編667頁)
と仰せられた。その涙は決して感傷の涙ではない。法悦の涙である。
無心に咲く花に、法悦の涙とまではいかないまでも、せめてその花の語る無言のことばが聞こえるようになりたい。諸法実相を知るとはそういうことだろうか。

『白米一俵御書』に云く、
「月こそ心よ、花こそ心よと申す法門なり。」(新編1545頁)


大乗山 持経寺住職  丸岡雄道・著『麻畝の性 巻頭言  第一聚』より(禁無断複製転載)
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