神奈川県川崎市の日蓮正宗寺院・大乗山持経寺(川崎・横浜) 神奈川県川崎市の日蓮正宗寺院・大乗山持経寺(川崎・横浜)

神奈川県川崎市の日蓮正宗寺院
大乗山持経寺

神奈川県川崎市の日蓮正宗寺院・大乗山持経寺(川崎・横浜)

特設ページ

御会式(令和5年) 御会式(令和5年)

令和5年10月15日(日)午前11時より、持経寺本堂において当山「宗祖日蓮大聖人・御会式(おえしき)御正當会(ごしょうとうえ)」が厳粛に奉修されました。
御会式とは、末法の御本仏・日蓮大聖人が弘安5年(1282年)年10月13日、武州池上(現在の東京都大田区)の右衛門太夫宗仲の館において御入滅あそばされ、滅・不滅、三世常住(さんぜじょうじゅう)の相を示されたことをお祝いする法要です。
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御会式(令和5年)御会式(令和5年)

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令和6年6月

■お経日(1日) ■広布唱題会(2日) ■御報恩御講(9日)

★御報恩御講(9日)

令和6年6月9日午後1時より、御報恩御講が持経寺本堂において奉修されました。
法要は献膳・読経・唱題と如法に厳修されたのち、御法話にあたり天野御住職より令和6年6月度・御報恩御講拝読御書『上野殿御返事』を拝読申し上げ、通解並びに同抄の概要、および対告衆である南条時光のこと等について述べられたのち、 〈水の信心〉と〈火の信心〉について総本山第67世・日顕上人の御指南等を引用され、「何があっても退せず〈水の信心〉をすることが大切である。また、普段は水の信心の姿が大切であるけれども、しかし時によっては水にとらわれることなく、火のように燃えたぎる信心が大事な時もある。また火の信心も、それが継続されれば水の信心でもある。すなわち、〈水の信心の中の火の信心〉〈火の信心の中の水の信心〉であり、御書の文字面だけにとらわれて〈水の信心が正しくて火の信心が間違っている〉ではなく、血脈相伝のお立場の、深い意義の上からの御法主上人猊下の御指南のままに信心していかなければならない。御書を読んで文上の意味だけを学ぶのは単なる学問であり〈理〉である。〈事〉の信心とは、朝夕の勤行をはじめ日々の信心修行の実践であり、時の御法主上人猊下の御指南と、その意を受けた住職の指導のままに信心に精進してまいりましょう」等との御指導をいただきました。
また法要終了後、婦人部・飯田教子さんの体験発表があり、参詣者一同の盛大な拍手に包まれました。

『上野殿御返事(うえのどのごへんじ)』
建治4年2月25日 57歳

「抑(そもそも)今の時、法華経を信ずる人あり。或(あるい)は火のごとく信ずる人もあり。或は水のごとく信ずる人もあり。聴聞(ちょうもん)する時はも(燃)へた(立)つばかりをも(思)へども、とを(遠)ざかりぬればす(捨)つる心あり。水のごとくと申すはいつもたい(退)せず信ずるなり。此(これ)はいかなる時もつね(常)はたいせずと(訪)わせ給(たま)へば、水のごとく信ぜさせ給へるか。たうと(尊)したうとし。」
(御書1206頁14行目〜1207頁1行目)

★広布唱題会(2日)

令和6年6月2日午前9時より、広布唱題会が持経寺本堂において奉修されました。
読経・広布唱題行終了後、天野御住職より令和8年〈持経寺創立60周年〉記念事業等についてのご案内ののち、御法話に先立ち『秋元御書』を拝読申し上げ、「一切の仏菩薩の成仏の根本は南無妙法蓮華経である。皆さんはそのお題目を毎日しっかりと唱えているのであるから、その願いが叶わないはずがなく、また護られないはずがない。その強い確信の上から唱題し、家族や親類縁者、また友人知人も一緒に唱題ができるようにご祈念していただきたい。そうして周りの方々が幸せになることで自身も幸せになる。講中みんなで支え合いながら、生涯、何があっても持経寺の御本尊様から離れず、信心を全うしてまいりましょう。」等との御指導をいただきました。

『秋元御書(あきもとごしょ)』
弘安3年1月27日 59歳

「三世十方の仏は必ず妙法蓮華経の五字を種として仏に成り給へり。」
(御書1448頁1行目)

★お経日(1日)

令和6年6月1日、午前10時より、お経日が持経寺本堂において奉修されました。
法要は読経・唱題行、各家塔婆供養・永代供養精霊等の追善回向と如法に厳修され、そののち御法話に先立ち、天野御住職より『祈祷抄』を拝読申し上げ、通解並びに本抄全体の概要、対告衆である最蓮房(さいれんぼう)について等述べられたのち、「〈祈る〉ということは、祈る人と、その対境(たいきょう/祈る対象)との間に感応道交(かんのうどうこう)という深い作用が生じる。たとえば稲荷(いなり)を信仰すればその人の生命は狐の畜生の境界に感応してしまう。したがって、何に向かって祈念するかが最も重要なのであり、誤った本尊、謗法(ほうぼう)には絶対に縁をしないことが大切である。」等と述べられたのち、『経王殿御返事』および第26世・日寛上人『観心本尊抄文段』等を引用され、「私たちの祈りのあり方は、目先の小さな祈りだけにとらわれず、生涯にわたって信心を全うし即身成仏の境界という大きな福徳を願うこと。そしてそれを知らない多くの人たちへの慈悲の折伏に精進していくことが大切である。」等との御指導をいただきました。

『祈祷抄(きとうしょう)』
文永9年 51歳

「大地はさゝばはづるゝとも、虚空をつなぐ者はありとも、潮のみ(満)ちひ(干)ぬ事はありとも、日は西より出づるとも、法華経の行者の祈りのかな(叶)はぬ事はあるべからず。法華経の行者を諸(もろもろ)の菩薩・人天・八部等、二聖・二天・十羅刹等、千に一(ひとつ)も来たりてまぼり給はぬ事侍(はべ)らば、上(かみ)は釈迦諸仏をあなづり奉り、下(しも)は九界をたぼらかす失(とが)あり。行者は必ず不実なりとも智慧はをろ(愚)かなりとも身は不浄なりとも戒徳は備へずとも南無妙法蓮華経と申さば必ず守護し給ふべし。」
(御書630頁7行目〜)

『経王殿御返事(きょうおうどのごへんじ)』
文永10年8月15日 52歳

「あひかまへて御信心を出だし此(こ)の御本尊に祈念せしめ給へ。何事か成就せざるべき。」
(御書685頁)

総本山第26世・日寛上人
『観心本尊抄文段(かんじんのほんぞんしょうもんだん)』

「祈りとして叶わざるなく、罪として滅せざるなく、福として来らざるなく、理として顕れざるなきなり。」
(御書文段189頁)

令和6年5月

■お経日(1日) ■広布唱題会(5日) ■御報恩御講(12日)

★御報恩御講(12日)

令和6年5月12日午後1時より、御報恩御講が持経寺本堂において奉修されました。
法要は献膳・読経・唱題と如法に厳修されたのち、御法話にあたり天野御住職より令和6年5月度・御報恩御講拝読御書『妙心尼御前御返事』を拝読申し上げ、通解並びに同抄の概要、および対告衆である妙心尼と重い病の夫のこと等について述べられたのち、総本山第26世・日寛上人の御指南を引用され、「大聖人様の顕された御本尊様を受持信行していくならば、一切の諸仏・諸天善神に守護される。そしてその御本尊様の中で根本中の根本は、弘安2年の本門戒壇の大御本尊様である。寺院や各ご家庭に御安置の御本尊様はすべて、大聖人様より唯授一人の血脈を相伝あそばされた時の御法主上人猊下が、大御本尊様の御内証を御書写あそばされた御本尊様である。根本である本門戒壇の大御本尊様があるからこそ各寺院・各ご家庭の御本尊様が成り立つのであり、根源から離れては血脈が流れ来たらず功徳もない。本門戒壇の大御本尊様と、何があっても時の御法主上人猊下の御指南のままに信心修行するからこそ、生涯にわたって正しく大聖人様の仏法を拝していくことができるのであり、それ以外に私たちの幸せ、即身成仏・得道はない。そして御法主日如上人猊下は御登座以来、一貫して折伏の大事を御指南あそばされている。その御指南のままに、これからも共に精進してまいりましょう。」等との御指導をいただきました。
また法要終了後、小枝会計部長より、2023年度・法華講持経寺支部収支決算報告が行われました。

『妙心尼御前御返事(みょうしんあまごぜんごへんじ)』
建治元年8月25日 54歳

「このまんだら(曼荼羅)を身にたも(持)ちぬれば、王を武士のまぼ(護)るがごとく、子ををや(親)のあい(愛)するがごとく、いを(魚)の水をたの(恃)むがごとく、草木のあめ(雨)をねが(楽)うがごとく、とり(鳥)の木をたのむがごとく、一切の仏神等のあつ(集)まりまぼり、昼夜にかげのごとくまぼらせ給ふ法にて候。よくよく御信用あるべし。」
(御書903頁)

総本山第26世・日寛上人
『観心本尊抄文段(かんじんのほんぞんしょうもんだん』

「弘安二年の本門戒壇の御本尊は、究竟(くきょう/究極に達すること)の中の究竟、本懐の中の本懐なり。」
(御書文段197頁)

★広布唱題会(5日)

令和6年5月5日午前9時より、広布唱題会が持経寺本堂において奉修されました。
読経・広布唱題行終了後、天野御住職より『日女御前御返事』を拝読申し上げ、通解ののち「仏様の教えは大海の如くに広く深く、私たちには到底理解が及ばない無量の福徳が存する。その広大無辺の功徳善根をいただくためには、必ず〈信心〉という入口から入らなければならない。そして御法主上人猊下は常々、自行化他にわたる信心でなければ仏様の福徳はいただけないと御指南あそばされている。この末法の時代は観念観法ではなく、自行化他にわたる〈実践〉が大事である。自身も幸せになり、また近しい人たちにも幸せになってもらうのが折伏であり、最後まで淡々と信心を全うし、憂いも後悔もない幸せな人生にしてまいりましょう。」等との御指導をいただきました。

『日女御前御返事(にちにょごぜんごへんじ)』
弘安2年8月23日 58歳

「仏法の根本は信を以て源とす。されば止観(しかん)の四に云はく『仏法は海の如し、唯(ただ)信のみ能(よ)く入る』と。」
(御書1388頁)

★お経日(1日)

令和6年5月1日午前10時より、お経日が持経寺本堂において奉修されました。
法要は読経・唱題、各家塔婆供養・永代供養精霊等の追善回向と如法に厳修され、そののち御法話に先立ち、天野御住職より『妙心尼御前御返事』を拝読申し上げ、通解並びに同抄の概要、および対告衆である妙心尼と病の夫等について述べられたのち、総本山第26世・日寛上人の御指南を引用され、「大聖人様の顕された御本尊様は、一切の根本の御本尊様である。そしてその御本尊様の中でも根本中の根本は、弘安2年の本門戒壇の大御本尊様である。寺院や各ご家庭に御安置の御本尊様はすべて、大聖人様より唯授一人の血脈を相伝あそばされた時の御法主上人猊下が、大御本尊様の御内証を御書写あそばされて下附された御本尊様である。しかるに時の御法主上人猊下の御指南を拝していかなければ、信心の血脈は私たちに流れてこない。またもし身延日蓮宗の寺にあれば、たとえ大聖人様の御真筆の御本尊であっても、本門戒壇の大御本尊様から離れてしまっているが故に功徳はなく、手を合わせてはならない。どんな時代になろうとも、大御本尊様と御法主上人猊下の御指南を根本として信心していくならば、諸天の加護があり、願いも叶い、罪障消滅し功徳を積んでいくことができる。」等との御指導をいただきました。

『妙心尼御前御返事(みょうしんあまごぜんごへんじ)』
建治元年8月25日 54歳

「このまんだら(曼荼羅)を身にたも(持)ちぬれば、王を武士のまぼ(護)るがごとく、子ををや(親)のあい(愛)するがごとく、いを(魚)の水をたの(恃)むがごとく、草木のあめ(雨)をねが(楽)うがごとく、とり(鳥)の木をたのむがごとく、一切の仏神等のあつ(集)まりまぼり、昼夜にかげのごとくまぼらせ給ふ法にて候。よくよく御信用あるべし。あなかしこ、あなかしこ。恐々謹言。
  八月二十五日  日蓮花押
妙心尼御前御返事」
(御書903頁)

総本山第26世・日寛上人
『観心本尊抄文段(かんじんのほんぞんしょうもんだん』

「弘安二年の本門戒壇の御本尊は、究竟(くきょう/究極に達すること)の中の究竟、本懐の中の本懐なり。既に是れ三大秘法の随一なり、況(いわ)んや一閻浮提総体の本尊なる故なり。」
(御書文段197頁)

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持経寺の沿革

持経寺本院外観

日蓮正宗・大乗山持経寺は、昭和41年(1966年)12月に建立されました。以来50年以上の長きにわたり、川崎の地で日蓮大聖人の正しい信仰を護り伝えています。

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行事案内

持経寺御会式のお花飾り

日蓮正宗では、御報恩御講をはじめとする月例行事、また年間最大行事である御会式をはじめとする年中行事など、さまざまな寺院行事が奉修されています。

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日蓮正宗の信仰

建長5年(1253年)4月28日、日蓮大聖人は「南無妙法蓮華経」の宗旨を建立されました。立宗770年。日蓮正宗は、宗祖日蓮大聖人の血脈を受け継ぐ正統門下です。

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法華講持経寺支部

日蓮正宗の信徒組織を「法華講(ほっけこう)」といい、全国の日蓮正宗寺院には各法華講の支部があります。ここでは法華講の由来と持経寺支部をご紹介します。

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