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【これまでに掲載された巻頭言】
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一字の師

蘭花「梅一輪一輪ほどの暖かさ」  嵐雪

梅は寒い冬に堪(た)えて時節を待ち、百花に魁(さきが)けて気品のある美しい花を咲かせるところから、目出度(めでた)い花として、松竹とともに「歳寒の三友(冬の寒さに堪える三種の植物。松竹梅、または梅、水仙、竹)」の一つに数えられる。

中国の唐の時代に、早咲きの梅を見てある人が詩を作った。
「早咲きの梅が、昨夜、数枝開く」
こんな書き出しの詩である。するとそばにいた有名な詩人が、この詩を一字だけ直してくれた。
早咲きの梅だけに、朝起きて見たら数本の枝に梅が咲いていたというよりは、一枝に限定して表現したほうが、焦点が定まって、料峭(りょうしょう=春風の肌に薄ら寒く感じる様子)の中に凛として咲く花が、ひときわ浮き立って見えるそう言って「数」という字を「一」に直して、「一枝開く」としたという。
この一字の業(わざ)で詩が見違えるように素晴らしくなった。そこから「一字の師」という言葉が生まれたということである。

かつて御隠尊日顕上人猊下は「信」ということについて、
【自分の心「を」師匠に任せる】
ことが大切で、
【自分の心「に」任せて師匠の言や仏法を観る】
ことは自己中心の増上慢であって、やがてそれは不信謗法へと進み堕獄(だごく)の因となると御指南くださった。
この「を」と「に」の相違が、末は百万千万の違いとなることに思いを到(いた)し、一字の誤りに陥ることのないよう、手続(てつぎ)の師に信伏随順の信を取ろう。


大乗山 持経寺住職  丸岡雄道・著『麻畝の性 巻頭言  第二聚』より(禁無断複製転載)
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